くらしに役立つIT技術
Information Technology useful to Actual Life

−立命館大学理工学部情報学科 樋口宜男先生に聞く−
- Interview to Prof. Norio Higuchi of Dept. of Computer Science, Ritsumeikan University -

話し手: 立命館大学理工学部情報学科 教授 樋口 宜男 様
聞き手: 神戸ポリオネットワーク      代表 柴田 多恵 様

 本インタビューは、関西・中国・四国に住むポリオ経験者の団体「神戸ポリオネットワーク」が定期的に発行している会報に掲載されたもので、IT技術を使えばどんな便利なことができるかを分かりやすく解説しています。
 なお、pdf版もあります。ただし、サイト管理者が独自に作成したpdfファイルなので、改行位置や装飾が実際に刊行されたものと異なります。

主な内容

バリアフリー研究に至った経緯
ITのためのバリアフリーとバリアフリーのためのIT
マイ・リモコン構想
IC健康カード構想
高齢者・障害者用鉄道最適経路案内システムと高齢者の生活実態調査

バリアフリー研究に至った経緯

柴田: 昨年8月京都で開いた私たちの会に埼玉からひょっこり顔を出されたのが私たちとの初めての出会いでしたね。こんな早く関西の人になってしまうなんて聞いてなかったんですけど、どうなさったんですか?
樋口: 実は昨年秋に立命館大学理工学部情報学科で教授の募集があって採用されたものですから、8月の段階では僕自身想像してませんでした。
柴田: 失礼ですが、ご家族は埼玉にお住まいなのに、なんで関西なのですか?
樋口: いや〜、実は立命館しか採用してくれなかったということもあるのですが(笑)、それだけでもないのですよ。ちょっと長くなりますが、僕の経歴を紹介しながら、なんで関西になったかという話をしますね。
  まず障害の話をしておきますね。1歳のときにポリオに罹って、両足に障害が残っていて、歩くときには杖(エルボークラッチ)を使っています。実は元々「音声合成」(つまりコンピューターに人間の言葉を喋らせる技術)の専門家で、東大の博士号もそれに関連した研究テーマだったんです。その後、当時のKDD(国際電電)、現在のKDDIに就職して、それから約20年間、音声合成と「音声認識」(こちらは人間の声をコンピューターに分からせる技術)の研究をしてきました。 
  20年の内の4年半は関西暮らしをしていまして、関西文化学術研究都市(通称けいはんな)のATR(国際電気通信基礎技術研究所)というところにいたことがあるんです。そこは非常に恵まれた環境で、毎年2〜3回国際会議に出席するチャンスがあったんですが、そのときに、欧米の人が高齢者や障害者をどう支援すれば良いかを良く知っているということを思い知らされたんです。日本はこのままではいけないと思って、平成7年に「バリアフリーライフ技術研究会」というのを作ったんです。「研究会」とは言っても会員は時々会費を出してくれる親父と僕だけの会なんですが、いろいろなところでKDDの名刺を出すと、「なんでKDDの人が?」と言われるので、研究会を作ってその名刺を出した方が早いですし、目的がはっきりすると思って、会社を休んではいろいろな福祉関係の学会に出席したり、研究機関を訪問したりしていました。
  ただ、日本の社会では研究テーマを変えるということが非常に難しくて、大きな顔をして研究テーマとして「バリアフリー工学」とか「情報バリアフリー」と言えるようになるまでには6年かかりました。去年KDDIの中に「バリアフリーコミュニケーション技術特命プロジェクト」というのを作ってもらったのが最初で、大学に移ってからは機会ある毎に「情報バリアフリー」と言っています。
  こういう研究をしようとすると、各地の高齢者や障害者の団体とか研究機関とか、さらには企業も巻き込んでいく必要があるんで、僕のように車に頼る人間は関東と関西に車が一台ずつあって、それを使って日本全国を飛び回るというのがとっても便利なんですよ。妻は関東の1人だけでも十分手を焼いているんで、関西にも欲しいとは思いませんがね(笑)。

ITのためのバリアフリーとバリアフリーのためのIT

柴田: 「バリアフリー工学」とか「情報バリアフリー」とかと言われてもピンと来ないんですけど、どんなことができるのですか?
樋口: ピンと来ないのは当然だと思います。というのは、どういうことができるのかということについて学会レベルでも十分にコンセンサスができていないからです。ちょっと難しくなりますが、まず大きく分けて「情報」と「バリアフリー」の関り方には二つあると思うんです。その一つが「パソコンや携帯電話なんかの情報機器を使いやすくするための研究」で、もう一つが「情報機器を使って高齢者や障害者に便利な道具を作るための研究」です。
柴田: 「情報機器を使いやすくする研究」と「情報機器を使って便利な道具を作る研究」ですか?
樋口: こう言ってもまだ分かりにくいと思いますので、もう少し分かりやすく説明しますね。まず「情報機器を使いやすくするための研究」ですけど、一つは手が思うように動かせなかったり、目や耳が使えなかったりする人たちに情報機器を使ってもらうための技術で、もう一つは複雑な操作を分かりやすくするための技術です。
  目の見えない人たちのためには合成音を使ってホームページの内容やコンピューターの状態を読み上げてくれるソフトが1万円そこそこで売られています。私も去年の秋から中途失明の方のお宅にお邪魔して使い方を教えたことがあるんですが、全くパソコンには縁がなかった人が今はすっかりはまっていて、マッサージのお客さんが途切れると、すぐにパソコンを開いてホームページを「聞いたり」、メールを「聞いたり」、書いたりしています。
  実は意外に知られていないんですが、普通の人でも年を取るとマウスを使ってダブルクリック(2回続けて素早くボタンを押すこと)やドラッグ(ボタンを押したまま、あるところからあるところまで動かすこと)ができないという報告があるんです。それだけではなく、年を取ると小さい文字が見えにくくなりますし、背景と文字に明るさの差がないと、文字が見えなくなるということも分かっています。僕は47歳ですが、最近は自分でも実感しています。これらについては今市販されているパソコンにもいろいろな支援機能が付いています。「拡大鏡」なんて機能があって、カーソルの近くの文字だけを上の方に大きく表示するんですよ。
  僕のこれまでの戦略として、障害者をターゲットに何かをしようと思うと、大部分の人が「対岸の火事」と思ってしまうんで、高齢者をターゲットにして「川下の火事」なんだよということを言い続けています。高齢者は軽度の四肢不自由者で、軽度の視覚障害者で、軽度の聴覚障害者ですから、その人たちの問題を解決すれば、障害者にとってもとても便利になると思っているんですよ。

マイ・リモコン構想

柴田: 「川下の火事」ですか?面白い表現ですね。ところで、「複雑な操作を分かりやすくする技術」って何ですか?
樋口: これも話すと長くなってしまうんですが、分かりやすい例で説明させて下さい。実は僕がKDDIを辞める直前に面白い、少なくとも自分ではとても面白いと思っている特許を書いたんですよ。どういう特許かって言うと、パソコンのキーや携帯電話のボタンの全てに文字表示機能が付いていて、それぞれの場面毎にどういう文字が入力できるかとか、どういう機能が指定されるかってことが自然に分かっちゃうっていうものなんです。
  例えば、パソコンだとキーの上にいくつも文字が書いてあるでしょ?携帯電話のボタンだって、同じボタンの上に数字も書いてあれば、カタカナもアルファベットも書いてあるでしょ?そんなのモード切り替えをしたときに、それに応じて内容が変われば、小さい字でゴチャゴチャ書かなくたって済むじゃないですか。表示だって大きくなりますし、どの文字が入れられるのか誰にでもすぐ分かるでしょ?
  これって、パソコンや携帯電話くらいではみんなそんなに感動しなんですが、実は僕は「マイ・リモコン」というのを目論んでいて、これは人に話すと結構感動してくれるんで、どこかの会社が本当に作ってくれないかと思っているんですよ。
柴田: えっ、「マイ・リモコン」ですか?何ですか、それ?
樋口: 柴田さんも家に帰ると、リモコンがゴロゴロしていませんか?エアコンのだとか、テレビのだとか、ビデオのだとか、ステレオのだとか。さっき説明したボタンに機能を表示できるとしますよ。そうするとね、まず「機種選択」とかなんとかいうボタンを押すと、他のボタンには「エアコン」とか「テレビ」とか出る訳ですよ。それでね、「エアコン」のボタンを押すじゃないですか。そうするとね、今度はボタンの表示が「冷房」とか「暖房」とか「温度↑」とか「温度↓」とか変わる訳ですよ。また「機種選択」を押して「テレビ」を押すじゃないですか?そうするとね、今度は「チャンネル↑」とか「チャンネル↓」とか「音量↑」とか「音量↓」と変わる訳ですよ。どうです?「マイ・リモコン」を一つ首からさげておけば何でもできちゃうでしょ?
柴田: えー!それって結構感動ものですね。
樋口: そうなんです。こういうことって、みんなにも便利だけど、実は障害者に一番便利でしょ?みんなを巻き添えにして障害者もハッピーになっちゃえっていうのが僕のスタンスなんですよ。

IC健康カード構想

柴田: 他にもそういうのってあるんですか?
樋口: いろいろあるんですよ。一つはね、「IC健康カード構想」っていうやつなんですよ。これにこっそり「障害情報」も入れてしまって「障害者ICカード」なんてのを作っちゃえばいいんじゃないかって言っているんですよ。「IC健康カード」の方は普通の人にとって便利なもので、「障害者ICカード」は障害者にすご〜く便利なものになると思っているんですよ。
柴田: 「ICカード」って、いろいろな情報を覚えてるクレジット・カード位の大きさのあれですよね?
樋口: そうです。あれです。関東の方では最近、JR東日本がSuica(スイカ)っていうのを出したんですが、定期券がICカード化されてしまって、自動改札機に載せるだけで、いろんなデータを読み取ってしまうんで、いちいち定期入れから出さなくってもいいんですよ。
柴田: それをどう使うっていう話ですか?
樋口: まず普通の人用の説明をしますね。病院の検査結果ってその病院でしか使えないじゃないですか?僕みたいにあっちこっち動いてる人にとっては別の病院に行くたびに検査し直しているんですよ。血液検査の結果とか普段の血圧とか、もしかすると胸のレントゲン写真なんかも入っちゃうのかも知れませんが、そういうものを全部ICカードに入れておくんですよ。
  自慢じゃないんだけど、僕なんか足の手術とかいろんな手術を受けてるんで、それを毎回お医者さんに説明するだけでも大変だし、最近その手術が何歳のときだったか、すっとは出てこなかったりするんです。そういうのが全てICカードに記憶されてたら、初めて行った病院が「かかりつけ」みたいになっちゃうでしょ。
  こういうのを作っておくといいことがいっぱいあるんですよ。例えば、別の病院にかかっているとするじゃないですか?薬にも「飲み合わせ」ってのがあって、ある薬を同時に飲むととんでもない副作用を起こすことがあるんですよ。みんながICカードを持っていれば、そこに飲んでいる薬の情報も書けるでしょ?だから「飲み合わせ」事故が防げるんですよ。それだけじゃなくて、例えば、出先で急に具合が悪くなったようなときでも、この人は貧血なのか、高血圧なのか、それ以外の病気なのかなんてことはICカードのデータを見れば、ある程度見当が付いて適切な処置ができる訳ですよ。別の病院に行っても検査のやり直しなんか必要ありませんから、国全体で見たときの医療費だって安くなるんです。
柴田: 確かにいい話ですね。それで、さっき「障害者にすご〜く便利」っておっしゃったのはどういうことですか?
樋口: 実はね、そのICカードに障害者情報も載せちゃおうっていう話なんですよ。今ETCってのを使うと車を止めなくても高速道路の料金が払えちゃうでしょ?そういう時代に、障害者用の駐車スペースには平気で赤い三角のコーンが置かれていたりする訳ですよ。そういうところにね、ICカード読取機を置いて、障害者が障害者ICカードをかざすだけで、バーが開くっていう仕掛けを作る訳ですよ。シルバーシートだって障害者ICカードをかざさないと椅子が下りてこないっていうようにすればいいんです。シルバーシートについて言えば、僕らみたいにどこから見ても「障害者」っていう人はいいんですが、心臓が悪いとか腎臓が悪いとかっていう人は外から見ては分からないじゃないですか?日本が100人の村だったらみんながあの人は心臓が悪いって知っててくれますけど、そんな訳にはいきませんからね、それならICカードで教えてあげればいいんですよ。
  どうです?この話って、普通の人も障害者も政府もみんなハッピーになるでしょ?同じ税金を使うならこういう風に使うべきだと思うんですよ。
柴田: うんうん、わたしもそう思います。

高齢者・障害者用鉄道最適経路案内システムと高齢者の生活実態調査

樋口: 税金ついでにもう一つお話しておきますね。実はKDDIに籍を置いた最後の2年間政府から3,000万円ばかりお金をもらって高齢者や障害者に役立つ研究ってのをやらせてもらったことがあるんですが、その話もさせて下さい。
  その当時、僕はKDDI研究所の音声認識部門の責任者だったんですよ。それでね、音声認識を使ってどこの駅からどこの駅に行きたいのかを入力して、さらに自分はエスカレーターが使えるかとか、階段を昇るのにどのくらいの速さかとかを声でコンピューターに知らせるんですよ。そうするとね、その人に合った鉄道の乗り換えルートを案内してくれるっていうものなんです。今、エレベーターがある駅が増えたじゃないですか?そうするとね、エレベーターのない駅で乗り換えるよりも一駅や二駅だったら先の駅まで行ってエレベーターがある駅で乗り換えた方が早く目的地に着けるケースって結構あるんですよ。そういうルートを自動的に見つけて声と文字で教えてくれるっていうものなんです。駅のデータを集めるのが大変なんで、日本全国について案内するっていうのは無理だったので、東京と埼玉のJR線ってことにしたんですけど、東京なんてJRだけでもいっぱいありますから、結構裏技的なルートを案内してくれて面白いんですよ。
  実はね、このシステムを作るときについでに大仕事をやっちゃったんですよ。さっきも言いましたけど、僕は普通の人に、川下にどんな大火事が待っているかを知らせておかないと、僕らも大変だと思っているんで、高齢者の生活実態調査っていうのをやっちゃったんです。日本って本当にどうかしていると思うんですけど、高齢者全員を見たときに、どういう対策が必要かってことが議論できるようなデータが全くない国なんですよ。確かに厚生労働省は要介護とか要支援の高齢者の実態をある程度把握しているんですが、要介護・要支援の高齢者って全体の1/8しかいないんです。じゃあ残りの7/8の「自立」の高齢者には対策が要らないかっていうとそれは違うんです。
  僕自身は高齢者じゃありませんけど僕を高齢者の分類に例えると、日常生活には特に介助を必要としませんから、「自立」に分類されると思います。だけどね、僕の場合、階段は左側の手すりを持たないと上り下りできませんし、トイレは洋式でないと駄目なんですよ。それとね、立っているのだってやっとなわけですから、動いている階段に飛び乗るなんてできないんですよ、つまりエスカレーターってのは使えないんですね。
  同じようなことが高齢者にもあるんじゃないかと思って、「基礎データ」っていう名目で896人分のアンケートを埼玉県上福岡市の老人クラブ連合会にお願いしたんですよ。やっぱり予想したとおりでした。6割以上の人は階段で手すりが必要でしたし、3割以上の人はどちらか特定の側、つまり片麻痺だったりするとどちらか利き手、利き足っていうのがあるじゃないですか、そちらの側の手すりが必要だって答えているんですよ。トイレだって1/4の人は洋式でないと困るって答えているんですけど、駅のトイレの数なんか見ると全然洋式は少ないでしょ?エスカレーターだって4.8%つまり20人に1人は使えないって答えてるんです。超高齢社会に向かって何か対策をって言うわりには誰も実態を掴んでないんですよ。去年の8月京都でお会いしたのはこの乗り換えルート案内システムとアンケートの結果を岡山で開かれた学会に発表しに行く途中だったんです。学会では「裏付け」として役に立つといって現場の人たちに大変喜んでもらいました。
  そんな訳で、僕の専門は「情報処理」ってことになってますが、そこから広げて社会全体を住みやすくしていけたらいいなと思っているんです。学生にそういう視点を持ってもらうってことと、企業と連携して社会に役立つモノづくりをするってことがとても大切だと思っているんですけど、こんなことってKDDIにいたらできないじゃないですか?だから大学に移ったんです。幸い立命館ってそれなりに知名度もあるじゃないですか?だから思いっきり社会を変えていくための努力をしようと思っているんですよ。
柴田: 「IT技術」っていうから私たちのくらしとどうつながるのか全然分からなかったんですけど、なんかとっても楽しいことがいろいろできそうっていう感じがしました。今日はお忙しいところをどうもありがとうございました。
樋口: こちらこそどうもありがとうございました。今日はちょっと喋りすぎてしまいましたが、こんなことを考えていると次々にアイディアが沸いてきて止まらなくなっちゃうんですよ。こんな話に興味のある人は何時でも連絡下さい。携帯電話の番号もオープンにしていまして、090-xxxx-xxxxです。メールはnorio_h@d7.dion.ne.jpです。

(神戸ポリオネットワーク会報 平成14年6月号より)

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